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ファミリーヒストリー 大竹しのぶ


NHKのファミリーヒストリーを見た。天才、魔性の女?
とわれる女優、大竹しのぶさんのルーツを知りたかった。

母方の祖母、八重さんの人生から紐解かれるそのルーツ
は驚くべきものだった。八重は実家は大きな家具屋で祖
父は大地主だった。少女時代の八重は、小山内薫の自伝
的小説「背教者」に登場する「絹子」のモデルである。


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周囲の男性を虜のする少女として描かれている。小説は
内村鑑三のもとに集まった若者たちを描いている。小山
内薫もまた八重に惹かれて想いを寄せていた。八重は兄
と一緒に内村鑑三の聖書の講談会に出ていた。もてて、
もてて、仕方がないほどの少女だった、と言う。兄の友
人、山本権次郎と惹かれ合い、共にキリスト教社会主義
の活動に参加する。アメリカへ渡った幸徳秋水の後を追
い、八重は現在の津田塾大、当時の女子英学塾を退学し、
山本権次郎と共にアメリカに渡る。しかしわずか2年で
山本権次郎は病いで亡くなり、幼い子を抱えて帰国する
事になる。夫の実家に子供を置いていくように言われ、
一人になる。その後はよく分からないが、鈴木さんとい
う男性と一緒になり子供も儲 けるが別れてしまう。

そして以前内村鑑三の聖書講談会で出会っていた吉川一
水と再会、結婚する。女学校で教鞭を執っていた一水だ
ったが、貧しい人達のために宗教活動をしたいと学校を
辞めてしまう。収入はほとんど無く家族 6人の生活は八
重の肩に掛かってしまった。八重は針仕事や英語を教え
ながら家計を支え、キリスト教信者に対する監視の目が
厳しい時代に夫を支えた。暮らしは貧しかったが、 一
水の日記からは如何に夫婦が心を通い合わせ愛し合って
いたかが分かる。神に最も近い生活だと書いている。
そんな中、四女として大竹しのぶさんのお母さん、江す
てるさんが生まれる。その名前は聖書の中の女性、民衆
に尽くすエステル姫から取ったそうだ。後に一水の聖書
講談会に来ていた大竹しのぶさんのお父さん、大竹章雄
と出逢う。

お父さん、大竹章雄さんの先祖は新潟の地域では、大竹
様、と呼ばれていて大地主であった。江戸時代、村の名
主だった大竹与茂七は人望が厚かった為、他の名主の嫉
妬を買い濡れ衣を着せられ獄門台に送られさらし首とな
る。処刑される前、この想いは七生七代まで祟ってやる
ぞ、と言い残す。その後人々は火災が起きる度、与茂七
火事と言って恐れたが、その霊を慕う人達が今もお盆に
なると与茂七地蔵盆をして霊を慰めている。大竹家は神
の位ではないかと思っている人達がいる。その子孫に当
たる大竹貫一と田中角栄は新潟県の二大政治家と言われ
ている。大竹邸記念館では資料があり、一族は川の氾濫
と戦い地域を米どころとして豊かにする事に尽力する。
それが認められ江戸時代に名主となった、とある。明治
になり、名主制度が亡くなり、次男だったしのぶさんの
曽祖父の国司は新天地を求め、宮城県塩釜市に移り住む。
そこで孫として、大竹章雄さんが生まれる。

幼くして父親を亡くし、母親が働いて章雄を育てた。25
歳の時親戚の娘と結婚、2ヶ月後に日中戦争勃発。召集
令状が来て、旧満州ソ連との国境近くに配属される。無
事戦争から帰り二人の子が生まれる。この頃章雄はキリ
スト教に目覚めて行く。それを実母に理解されず、妻と
も溝が深くなり、塩釜を離れ川崎の会社に勤めるように
なる。そして一水の聖書講談会に参加するようになる。
江すてると言葉を交わすようになる。
一水の家にも招かれ江すてるとも親しくなっていく。
しかし、また戦争が始まり章雄は再び戦地に徴兵される。
江すてるさんは戦地にいる章雄さんに、帰りをひたすら
に待つ熱烈な手紙を書いている。終戦後一年して帰国で
きた章雄は心を決め、江すてると一緒になる。

二人は一緒になり五人の子供を儲ける。そして三女が大
竹しのぶさんなのです。章雄さんは聖書の一節から、し
のぶ、と言う名前をつけたそうです。教師として生徒か
らの人望も厚かったが結核になり、転地療養をしなくて
はならなくなり、東京を離れる。江すてるさんは身体の
弱い章雄さんの分まで働いて仕事をし、子供を育てる。
貧しい中でも入院先から帰って来ると、子供を自然の中
へ連れて行ったり、本を読んであげたりしていました。
当時を知る90歳を越える女の人が、江すてるさんの事を、
この年になるまであんな真っ正直で一生懸命な人は見た
ことがない、と言っているのが耳に残っています。

東京に出た方が仕事があるのではないかと一家は東京に
移り住む事になります。自然を愛した章雄さんは最初は
反対しますが、結局来る事になり、それがしのぶさんの
デビューに繋がったのです。デビューを見届けて章雄さ
んは亡くなります。江すてるさんは今も助けてもらって
立ち上がり、食事の後の洗い物をするそうです。何か人
の為にしたいのだと思います、としのぶさんのお姉さん
は話していました。
章雄さんが謝りたいと言っていた子供たちに、章雄さん
が亡くなってからですが、みんなで頭を下げて謝ったそ
うです。八重さんの置いて行かなくてはならなかった子
供、敏子さんの孫も、別れてしまった鈴木さんの孫も、
ルーツが分かり大竹しのぶさんとの繋がりを知り喜んで
いたのを見て胸が熱くなりました。

大竹しのぶさんの感性も、情熱も、強さ逞しさも、優し
さも、全て、八重さんから一水さんから、大竹様から、
章雄さんから、江すてるさんから受け継いだものだった
のですね。あまりにも衝撃的なヒストリーでした。素晴
らしいご先祖様ばかりでした。
信念と情熱と愛と、しのぶさんは、これからも人々に熱
い感動を与えて続けてくれるのでしょう。

自分のルーツがこんな風に分かれば、と思ったりもしま
すが、知るのも怖い気がするのです。




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